謙虚さについて

謙虚が最強だと思っているので、それについて書く。

謙虚であることを認めるかどうか

謙虚にはいくつか種類があって、無自覚な謙虚さと、自覚的な謙虚さがある。 上記のふたつは本質的には同じで、どちらも謙虚であろうとしていて、かつ、自分の中で完結するようなもの。うまくいっていることについて自覚して、そこで「調子に乗らないようにしよう」というのが後者。 3つ目もあって、それは他者との関係の中で発生する謙虚さ。 人間は他者との関係性の中で生きてるので、謙虚さも他者との関係から生まれることが多いと思う。 3つ目はあんまり謙虚じゃなくて、これはいわゆる 謙虚な自分はすごい。 みたいな発想。 学力が学年トップの人がいたとして、その人が他人との関係性(自分のテストの点数が一番良かったこと)を自覚せずに「もっと勉強しよう」と思うのか、自覚はしつつも、「他人は関係ない、頑張ろう」と思うか、自分はすごい優れていると思いつつ、嫌味にならないために「まだまだです」というか…みたいな感じ。

謙虚であろうという発想がすでに謙虚ではない

人間の持っている、「他者からよく思われたい」という気持ちがけっこう厄介で、他者からよく思われたいなら、テストの結果を自慢すれば良いのに、あえて自慢しない。しかし、「テストの点数が良かったのにそれを自慢しないこと」で自分をよく思わせたいという気持ちが人間にはどこかにあるものだと思う。 そもそもどうすれば他人からよく思われるかなんてわからない。テストの点数が良かったことを自慢したら相手は不快に思うだろう、という発想は本当に正しいのか?何故他人からよく思われたいのか?自慢さえしなければ謙虚なのか?みたいな考えに展開させていくことが正しいと思っている。

他者との関係性を誤解しないことが大事

他人からよく思われたいという気持ちは、他人と自分を比べたり、羨ましいと思ったりするところから生まれるものだと思う。 そう思う必要がないことを自覚すること、結局自分ひとりで生きてることを思うべきだと思っている。 自分がどうなりたいか、そこに以下に他人を介在させないかが大切。